日々の想い(33)「教会と幼稚園②~こどもたちと戦争~」

甲子園福音

2015年8月2日発行 99号

 

日々の想い(三三)「教会と幼稚園②~こどもたちと戦争~」

 

どうしてもその絵を観てみたい、と思っている画家の作品があります。それはドイツ人のケーテ・コルヴィッツの作品です。
しかし、多くの人の目には、彼女の作品は好ましいものには映らないでしょう。なぜなら彼女の作品は、その初期のものを除いて、ほとんどすべてがモノクロの版画作品か彫刻であり、しかもそのテーマは抑圧されている労働者の闘いや、戦争とその悲惨さに関わるものだからです。

そのような彼女の絵の中で、ぜひこれを観てみたいとわたしが思っているのは、ゲーテの言葉に想を得て描かれた『種子を粉にひくな』という作品です。それは、ひとりの女性が、その腕の中に三人のこどもたちを覆い囲みながら、向ってくる敵を睨みつけている場面を描いたものです。こどもたちを一人も敵に渡すまいとする、その女性の腕の描写の力強さに心を打たれます。

なぜケーテがこのような作品を描いたのか、それは彼女が第一次大戦で次男を、そして第二次大戦では孫を戦死させているからです。特に次男は、祖国のために命を捨てることこそが今自分の為すべきことと信じ、志願して戦地に赴きました。そしてケーテは、その次男の思いを止めることが出来なかったことを、生涯に亘って後悔し続けたのです。

沖縄の普天間基地のゲート前では、毎月二回、平和を求めるキリスト者によって讃美歌を歌う集いが開かれ、おとなやこどもが集まっています。
その集いにわたしが参加した時のことです。このような讃美歌が歌われました。「このこどもたちの未来を守り、生きるべきいのち、共に生かされ、平和をよろこぶ、世界を望む。主よ、祝したまえ、大地を、大地を」

いつも教会で何気なく歌っていたその讃美歌を、米軍基地前で、しかもこどもたちを目の前にして歌ったとき、わたしはその歌詞の意味がはじめて本当に理解できたように思いました。

なぜ戦争はいけないのでしょうか。それは、戦争に行くのがこどもたちだからです。しかもそれは他人のこどもではありません。ケーテ・コルヴィッツの例をあげるまでもなく、そのこどもとは、わたしのこどもであり、わたしの孫、そしてあなたのこどもであり、あなたの孫であるからです。自分の愛するこどもたちや孫たちが、人肉の飛び散る戦場で殺し、殺されてゆく、その恐ろしい現実に、一体誰がもろ手をあげて賛成することが出来るでしょうか。
国は国とその権益を守るために戦うのであって、国民を守るために戦うなどということは決してしません。どんな戦争においても国民は、そして特に戦場に駆り出されるこどもたちは、「お国のため、家族のため」という美名のもと、国の犠牲になってきました。そのことをわたしたちは、過去の悲惨な戦争の実例から学んで来たのではなかったでしょうか。

「種子を粉にひいてはならない」
教会に集うこどもたち、幼稚園に通うこどもたち、その愛らしい顔を見る度に、いつもこの言葉を心に思い浮かべるのです。

 

(甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)

 

八月の礼拝・集会予定
○八月二日(日)平和聖日礼拝 午前一〇時三〇分
○八月八日(土)映画の夕べ  午後六時~
次回は映画『ベイ・マックス』を鑑賞します。