日々の想い(35)「教会と幼稚園④~キリスト教保育の精神~」

甲子園福音

2015年10月4日発行 101号

 

日々の想い(三五)「教会と幼稚園④~キリスト教保育の精神~」

 

世に「キリスト教~」と付く言葉はたくさんあります。神学部の授業科目を見ても、キリスト教美術、キリスト教音楽、キリスト教哲学、キリスト教倫理、キリスト教教育、キリスト教カウンセリング等々です。そして、キリスト教保育もまた、その内のひとつに数えられます。

勿論、これらの言葉で使われる「キリスト教」の意味するところは、それぞれに異なります。美術や音楽の場合ですとそれは、キリスト教に関わるテーマを描いた作品という意味合いになるのでしょう。
そのように様々な「キリスト教~」の中で、今回特に取り上げたいのは、実践に関わる事柄です。

例えばキリスト教カウンセリングというものを考えた場合、それが意味するのは、キリスト教独自のカウンセリング方法のことではありません。そうではなくて、一般に用いられているカウンセリングの方法を、キリスト教的な人間理解に基づいて用いる、これがキリスト教カウンセリングというものです。

そしてこのことは、キリスト教保育にも当てはまります。
世界で初めて幼稚園を作ったF・フレーベルは、それをキリスト教の精神に基づいて作り上げました。ですから、幼稚園教育・保育にはもともとキリスト教の精神が流れていたのです。

とは言いながら、いま世にある幼稚園の多くは、そのことを自覚して保育を行っているわけではありません。つまり、一般的な幼稚園では、フレーベル等が築いた保育論とその方法論だけが残されて、肝心のキリスト教的な神観、人間観、こども観、世界観は見失われているということです。

ですから、キリスト教保育を謳う幼稚園が何を為すべきなのかというと、まずその保育の本来の精神、つまり、キリスト教に基づく神観やこども観や人間観、世界観をしっかりと理解し、それに基づいてこどもたちや他者、そして自分自身と出会い、そして自分たちを取り巻く環境を見つめるということなのでしょう。

現在、全日本私立幼稚園連合会は「幼児教育振興法(仮称)」の制定に向けて、その動きを加速しています。そして安倍首相をはじめとする自民党も、それを後押しすることが決定していると聞いています。

「幼児教育振興法」は、国費投入による幼児教育の無償化や教職員の処遇改善など、その中身は是認すべきもののように思えます。しかし、その法案を説明する文章の中には、「国家戦略としての幼児教育」、「幼児教育・保育は国の将来への投資」といった言葉が躍っています。

キリスト教保育においては、こどもは決して「~のため」に教育されてはなりません。こどもは今の時を、そのありのままの姿で生きています。イエスは、「こどもたちをわたしのところに来させなさい」とおっしゃり、そのありのままのこどもの、今の姿を認め、これを受け入れられました。ですから、キリスト教保育を掲げる保育者は、そのイエスの姿に倣って、こどもの「今」を大切にし、これをありのままに受け入れることが求められているのです。

大人の価値観によってこどもとその教育が利用されようとする、そのような時代の中にあって、キリスト教に基づく保育の精神をもう一度見つめなおしたいものです。

 

(甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)

 

一〇月の礼拝・集会予定
○映画の夕べ 一〇月一〇日(土)午後六時
DVD『ナイトミュージアム~エジプト王の秘密』を鑑賞します。
○教会バザー 一〇月二五日(日)正午~午後二時