日々の想い(46)「あってはならない死~ひとりのこどもの死と戦争・平和を想いつつ~」

甲子園福音

2017年8月6日発行 123号

 

日々の想い(四五)「あってはならない死~ひとりのこどもの死と戦争・平和を想いつつ~」

 

七月の末、むこがわ幼稚園の元園児であったA君が天に召されました。

A君は年長児であった昨年の夏、お父さんの転勤のため高松へと引っ越しされ、その地で公立幼稚園を卒園し、地元の小学校へと進まれました。そしてこの夏休み、横浜で牧師をしているおじいちゃん、おばあちゃんに一年半ぶりに会うために、お母さんと共に帰省されたのです。

事故が起きたのは、教会の敷地内にある私道でのことだったそうです。A君は、夏休みの宿題であった作文を書き終えたすぐ後、おじいちゃんの住まいである牧師館のすぐ前の私道脇で、おじいちゃんと一緒に草むしりをしていました。しかし残酷なことに、普段はほとんど車も通らないその道を、教会に隣接する老人ホームへと向かう医者の車が通りかかったのです。A君はおじいちゃんとは反対側の道路脇にしゃがんでいたのですが、運転者はおなじくしゃがんで草むしりをしているおじいちゃんを避けようとして反対側にいる小さいA君に気付かずに、彼を轢いてしまったのです。
牧師館にいたお母さんも慌てて出てきて、救急車を呼んだそうですが、内臓出血のために、病院に着く前に心肺停止の状態になったとのことでした。

幼稚園の教員がこのニュースを知ったのは、事故の翌日の朝のことです。突然の出来事に皆言葉を失い、出来たのは、只々涙にくれることだけでした。皆が少し落ち着いた後、集まれる教員が集まって、皆でA君のために、そしてご家族のために、祈りを献げたのです。

A君の死、それはあってはならない死でした。A君の死を知って以来、そして葬送の式に参列する中で、またご遺族と話をする中で、棺に納められたA君の姿を見る中で、そのわたしの思いはますます強いものとなりました。
それは、あってはならない死でした。しかしまただからこそ、そのA君の死は、人の死の意味、そして生の意味を深くわたしに問うものでありました。

八月はこの国にとって、あの戦争を思い起こす時です。そしてそれはまた、沖縄、広島、長崎だけに留まらず、日本中の様々な場所で、そのような「あってはならない死」がこどもやおとなを襲ったことを、心に留める時でもあります。

戦争に対する怒りと共に思わせられるのは、一体誰がこのような「あってはならない死」の悲しみを癒してくれるのだろうか、ということです。死のもたらす深い悲しみ、それを癒すのはただ時間の流れだけなのかもしれません。しかしまた、いくら時を過ごしたとしても、その悲しみは決して消え去らないものなのではないでしょうか。

そのような死がもたらす深い悲しみ、そしてその死の理不尽さを、はっきりとわたしたちに語っているのが、イエスの十字架の死の出来事です。
人々に「神の子」と呼ばれたイエスの死もまた、「あってはならない死」でありました。「神の子」であるはずの者が、罪人の一人とされ、神に呪われた者と言われて、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫んで、十字架のうえで死んでいったのです。そのイエスの死に、一体どれだけ多くの者がショックを受け、言葉を失い、涙にくれたことでしょうか。

なぜイエスは「あってはならない死」を死んだのか。そのことは、このイエスが一体どのような意味で、わたしたちにとっての「救い主」であるか、ということに深くかかわっています。

人間の生と死の持つ不条理さ、それがもたらす悲しみを分かち合ってくれるのは、ただその不条理さの中を、体をもって生き、死んで復活した者(=無念の「死」を経験したことがある者)以外にはあり得ません。

「あってはならない死」とその悲しみにおいてこそ、十字架の死を死に、復活したイエス・キリストはわたしたちと共にいてくださる、今はただこのことだけを、悲しみの中の慰めと信じたいのです。

 

(甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)