日々の想い(49)「イエス様が好きです」

甲子園福音

2017年12月3日発行 127号

 

日々の想い(四九)「イエス様が好きです」

 

以前いた教会にわたしが伝道師として赴任した、最初の日曜のことです。
その日、礼拝で説教をしてくださったのは、これからドイツに宣教師として派遣されることになっていたS牧師でした。
S牧師はかつて伝道師としてその教会で働いておられたということで、ドイツに行かれる前にご家族でその礼拝に招かれていたのです。

その説教の中で、S牧師はこう言われました。「皆さんはイエス様が好きでしょう。わたしも大好きです。」
若い頃にはギターを抱えて「イエス様が一番」というようなワーシップソングを教会で歌っていたわたしですが、実のところ「イエス様が好き」などとは思ったこともありませんでした。
ですからその牧師が「わたしもイエス様が大好きです」と言われたその言葉は、正直わたしにはまたくぴんとこなかったのです。

礼拝説教において語るべきなのは、イエス・キリストとの出会いの大切さだということは、伝道師になる前から思ってはいました。しかし「イエス様が好き」とまでは言えないというのが正直な思いだったのです。

ところが去年のことです。ある集会でお話をしている時に、ふと自分がイエスのことを好きになっているのだ、と気づいたのです。そしてその時、その自分の気持ちを素直に口にすることが出来たのです。
思えば、その言葉を口にできるまでずいぶん長い年月がかかりましたが、それはつまりわたしの中に「わたしにとってのイエス像」が形作られるまでには、それだけの時が必要だったということなのでしょう。
そして、そのような「わたしにとってのイエス像」をわたしの心に生み出すためのきっかけとなったのもまた、やはり一人の牧師の言葉でした。
その牧師とは、わたしが今でも関わりを持ち続けている関西労働者伝道委員会の専任者である大谷隆夫牧師です。

何度も書いていますが、大谷牧師は選挙権を不当に奪われた日雇い労働者のための抗議のデモによって二〇一一年に不当逮捕されました。
しかしその裁判の席上で、大谷牧師は裁判官、検察官をはじめ法廷に集まっている人々を前にして、はっきりとこう語ったのです。「わたしがやったことは、イエス・キリストに従う信仰によるものです」と。

その大谷牧師の姿に十字架へと歩むイエスの姿を重ねてみたのは、恐らくわたし一人ではなかったでしょう。そうやってわたしの中に、イエスという方の姿が具体的に示されたのだと思います。
多分それからでしょうか。説教や集会でのお話の準備をしながら聖書を読むときに、それまで気付かなかったイエスの姿に気付かされたり、その深い愛に触れているように思わされたりするようになったのです。

そうやって聖書を読めば読むほどに、イエスという人の他者に対するまなざしの優しさを知らされ、その愛の深さを思わせられるようになりました。
そして次第に、「わたしは道であり、真理であり、命である」とのヨハネ福音書の証しの言葉が、わたしにとって真実なものとなってきたのです。

イエスにこそまことの愛と真理は宿っています。だからこそイエスは「キリスト」=救い主なのです。
真実さを見失ったような今の世界にあって、このイエスの愛と真理がひとりでも多くの人の心に宿るようにと願っています。そして、このクリスマス、皆さんの心の内にも、愛の方イエス・キリストが生まれますように。

(甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)