日々の想い(57)「おとめマリアより生まれ」

 古くからのキリスト教の信仰告白に、イエス・キリストは「処女(おとめ)マリアより生まれ」た、という一節があります。これは「処女降誕」と呼ばれる教義ですが、なぜこのような、ある意味信じがたい教義が教会で大切にされて来たのでしょうか。

 それを考えるための参考になるのが、キリスト教が誕生するはるか以前に書かれたギリシア語訳の聖書、いわゆる七〇人訳聖書についてのことなのです。

 七〇人訳聖書が書かれたのは、紀元前三ー一世紀のエジプトのアレクサンドリアです。七二人の学者が七二日間かけてヘブライ語からギリシア語に翻訳した、という伝説から、「七〇人訳聖書」と呼ばれるようになりました。
ではなぜこのようなギリシア語訳聖書が誕生したのでしょうか。

 それは、ヘレニズム世界(ギリシア文化圏)に暮らしていたユダヤ人が日常語としたのが、ヘブライ語ではなく、ギリシア語であったからです。

 それに加えてユダヤ人たちは、自分達の信じている信仰とその聖書の素晴らしさを、当時世界最高の文化を誇っていたギリシア人にアピールしようと考えました。だからそのためにも、ギリシア語訳聖書は必要だったのです。
そしてそれだけに留まらず、ユダヤ人たちは自分達の翻訳した聖書を権威づけるために、「アリステアスの手紙」という偽書まで書きました。

 これは、当時世界最大と言われたアレキサンドリア図書館に、七〇人訳聖書を加えたいと考えたギリシア人の王が書いた手紙、という体裁を装いながら、しかし実際にはユダヤ人によって書かれたものです。
そしてその手紙の中で、ギリシア語訳聖書の翻訳がいかに正確なものであるか、ユダヤ教の信仰がいかに哲学的でヘレニズム世界にも通じるものであるか、が論じられたのです。

 そしてこの七〇人訳聖書、更には「アリステアスの手紙」によって、ユダヤ人たちの持つ聖書とその信仰は、ヘレニズム世界に浸透し、様々な民族の人たちがこれに触れ、また信じることとなって行ったのです。
このように、ヘレニズム世界に生きているユダヤ人にとっては、自分達の信仰が意味あるものであることをヘレニズム風に紹介することは、決定的に大切なことでした。そしてそれはまた、キリスト教の伝道においても同じことだったのです。

 ヘレニズム世界では、神々や英雄、偉人が処女から生まれるという話は、当たり前のことでした。
そしてキリスト教は、そのようなヘレニズム世界の人々にイエス・キリストの偉大さを示し、伝道するために「処女降誕」の教義を用いたのです。(ただしユダヤ人にとっては、救い主が人間の男女から生まれるのは当たり前のことでしたから「処女降誕」は奇妙な教えだったようです。)

 以上は、伝道という観点からの「処女降誕」が重んじられた理由ですが、しかし、勿論「処女降誕」には信仰的な意味もありました。

 イエスの時代のユダヤ人にとって「家」=男性でした。ですから、家系図であっても男性のみがそこに記されていた訳です。しかし、そのような男性中心のユダヤ社会にあって、イエスは人間の男性によって生まれたのではない、とされたのです。つまりそれは、イエスという人がユダヤ人の家系、もっと言うならば「ユダヤ人」という民族の枠を超えている方だ、ということです。

 ユダヤ教においては、神様に救われるのはユダヤ人だけでした。しかし、イエスは民族の枠を超えた方であるのだから、そのもたらす救いもまた、ユダヤ人のみならず、あらゆる民族に及ぶのだ、これが教会の立てた証しでした。

 このように、「処女降誕」という教えが重んじられて来たことには、それなりの理由と意味があったのです。

 ですから大切なのは、それが歴史的な事実かどうか、ということではなく、そこに秘められている理由や意味を理解し、受け取る、ということなのです。

 「処女降誕」によって表された、その信仰的な意味を信じ受け取るわたしたちでありたいと願います。
                                                                                  (甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)