日々の想い(59)「若かったあの頃、何も怖くなかった」

誰でもそうかもしれませんが、若かりし頃、わたしもまた「恐れ」を知らない人間でした。

エピソードは多々ありますが、ひとつだけご紹介いたします。

今から28年前、わたしは仕事を辞め献身しました。そして関学神学部を卒業して、ある教会の伝道師となりました。

伝道師とは基本的にその教会の主任牧師の働きを支える仕事をするものですが、そのようにしてわたしもその教会で3年間(ただし在籍は5年間)、奉仕をいたしました。

その後、主任牧師が退くこととなり、その後任にわたしが選ばれましたので、わたしはそのままスライドして、その教会の主任牧師となったのです。

その引き継ぎも兼ねた前任牧師のお別れの会でのことです。

その牧師を送る挨拶の中でわたしはこのように言いました。「わたしもこれからは、主任牧師としてこの教会の責任を持たせていただきますので、退かれる~先生とは、共に神様に招かれた者として同じ立場だと思っています。」

 わたしの前任の牧師は、著書もたくさんあり、キリスト教の世界では大変有名な方でしたし、勿論わたしの大先輩でした。

ですから、そのわたしの発言に対して、「よくぞ言った」という声と、「あれは、言い過ぎだ」という声が、後で教会員から聞こえて来たのです。

「なんという傲慢」、今から思えばそうなのですが、しかしその時には何の恐れもなく、そんなことが言えたのです。

しかしあれから一九年、牧師という仕事がどういうものかを嫌というほど知らされた今のわたしには、大先輩の牧師に向かってそんなことを言う勇気はもはやありません。

ではなぜ、若い頃のわたしはそれほどに「恐れ」を知らなかったのでしょうか。それはただ単に「若気の至り」ということではなかったのだと、自分では思っています。

その頃のわたしが心に固く思っていたこと、それは「自分は誰からの指図でもなく、ただ神様の召しを受けてこの仕事についたのだ。だから、何ものも恐れるものはない」ということです。だからまた、その当時のわたしは何物にも縛られず、とても自由でした。

しかし、それに比べて今のわたしはどうでしょうか。どれほどいろいろなものに縛られ、どれほど多くの恐れを抱えていることでしょうか。

そんなことを思っていますと、これまた頭に思い浮かんでくるのが、讃美歌の歌詞の数々なのです。
 
「静けき川の岸辺を過ぎ行くときにも、うき悩みの荒海を渡り行くおりにも、心やすし、神によりてやすし」とか、「わが行く道いついかに、なるべきかは露知らねど、主はみこころなしたまわん。備えたもう主の道を、踏みて行かん一筋に」とか。
 
「神によりてやすし」とか、「主はみこころなしたまわん」というのは、要するに主が共におられるならば「恐れはない」ということを歌っているわけです。
 
そして、そう思って聖書を読みますと、これまた「恐れるな」のオンパレードなのです。
 
奴隷であったイスラエルの民がエジプトから脱出し、しかしそのエジプト軍によって葦の海に追い詰められた時に、神様は言われました。「主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」「静かにしていなさい」ということは、イコール「恐れるな」ということです。
 
或いはまた、娘の死の知らせを受けて動揺する会堂長ヤイロに向かって、イエスは言われました。「恐れることはない。ただ信じなさい」と。
 
なぜ聖書や讃美歌が、これほど繰り返し「恐れるな」と語るのか、それは、それこそが信仰の基本だからです。
 
自分が直面している現実の中で、そしてその現実がどのようなものなのか、嫌というほど知り尽くしたその中で、それでもなお神様に、イエス・キリストに信頼して、その現実の中に立って生きて行くということ、これが信仰というものなのです。
 
「怖さ」を知らない若者ではないからこそ、「恐れるな」という神様の呼びかけを受け留めなければならないのだな、と改めて思わされた今日この頃です。

(甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)