甲子園福音

甲子園教会 福音

 

2023年3月 日々の想い(84)「自分を捨てること」

 引っ越しに伴う荷物整理で、たくさんのものを捨てています。衣服に始まり、書類、原稿、本、漫画、写真等々です。   そんなある日、わたしの幼少の頃の写真が出てきました。そこで家族の皆に、「これは自分が3,4歳ころの写真やで …

2023年3月 福音のメッセージ「虫けらの唄」

(聖書:イザヤ41:13-14、ルカ9:16-17九、使徒言行録28:3-6)  今日のイザヤ書には、このように書かれてます。「わたしは主、あなたの神。あなたの右の手を固く取って言う。…恐れるな、虫けらのようなヤコブよ、 …

2023年2月 日々の想い(83)「タイパに抗う」

 長年続けてきた新聞購読を昨年の暮れでやめて、デジタル新聞に切り替えました。  第一のメリットは、古新聞の置き場所とゴミ出しが無くなったこと。第二は、いつでもどこでも携帯で新聞が読めるようになったこと。第三は、紙の新聞よ …

2023年2月 福音のメッセージ「神を侮るな!」

(聖書:出エジプト18:21-23,ルカ5:8-11,使徒16:14-15)  昔イギリスにいた頃、新聞で年間の「説教大賞」が選ばれた、という記事を読んだことがありました。どんな説教が選ばれたのかと言いますと、牧師がたっ …

2023年1月 聖書随想(46)「剣を取る者は剣にて滅びる」

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ書2章4節)  『サイボーグ009』という石森章太郎の名作 …

2023年1月 福音のメッセージ「光なき光の子」

(聖書:ミカ1:1-2,ルカ2:11-12,15-18,テトス2:14) 生れたばかりの乳飲み子イエスを取り囲む人々が、その幼子の光に照らされる、そのような西洋絵画は数多く見られます。その幼子から出る光とは、神の栄光の輝 …

2022年12月 聖所随想(46)「剣を取る者は剣にて滅びる」

 「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ書2章4節)  『サイボーグ009』という石森章太郎の名 …

2022年12月 福音のメッセージ「光なき光の子」

(聖書:ミカ1:1-2、ルカ2:11-12、15-18、テトス2:14) 生れたばかりの乳飲み子イエスを取り囲む人々が、その幼子の光に照らされる、そのような西洋絵画は数多く見られます。その幼子から出る光とは、神の栄光の輝 …

2022年11月 聖書随想(45)「老いて生きるということ~コヘレトの言葉~」

 先日、二年半ぶりに開かれたある会に出席しました。その会に出席されておられる方の中には、もう二〇年以上ものお付き合いになる方々がたくさんおられます。  そんな皆さんがお話しくださった近況は、その多くが御自身の、あるいはそ …

2022年11月 福音のメッセージ「いのちがいのちを解き放つ」

(聖書:出エジプト12:21-23、マルコ14:22-25、ヘブライ9:25-28)  天地創造の時、神様は人間に命の息を吹きかけ、それによって人間ははじめて「生きるもの」となった、と創世記には書かれています。この場合の …

2022年10月 聖書黙想(44)「悪より救い出したまえ」

「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。…わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。」(ヨハネ福音書15章1 …

2022年10月 福音のメッセージ「愛しているから捨てられない」佐藤成美牧師

(聖書:ホセア11:8-9、マルコ12:28-31、Ⅰコリント13:4-7) 神の愛とはいったいどのようなものでしょうか。今日のホセア書では、その神様の愛がかなり人間的に、感情的な側面から描かれています。 預言者ホセアは …

2022年9月 福音のメッセージ「神のまなざしを持つ人」

(聖書:イザヤ54:47、マルコ10:13-16、エフェソ5:22-25) わたしたち人間は、今自分が生きている時代状況、その社会的、思想的な背景というものを飛び越えて、全く無前提に事柄を理解して、それを描くことはできま …

2022年8月 日々の想い(80)「『宗教にはまること』について」

 昨今、ネットニュースへのレスポンスでよく目にする言葉に「宗教にはまる」があります。  宗教にはまることについて、例えば聖書には何か書かれているのでしょうか。  新約聖書によれば、イエスはその神の国の宣教の業を展開して行 …

2022年8月 福音のメッセージ「ノンプロフェッショナル・仕事の流儀」

(聖書:アモス7:14-15、マルコ6:2-3、使徒13:1-3)  パウロがキリスト教の礎を築いたことを否定する人はまずいないでしょう。しかし、そのパウロが「異端の使徒」と呼ばれ、疎んじられた時代が教会の歴史の中にあっ …

2022年7月 聖書随想(43)「心を治める」

「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。」〈箴言4章23節〉     「ちいろば先生」で知られる榎本保朗牧師は、その若かりし頃、志を持って入学した某大学神学部の授業に失望し、そのまま奈良のお寺に「小僧」とし …

2022年7月 福音のメッセージ「なんと愚かな神の業」

(聖書:ヨシュア1:9、マルコ3:21-22、28-29、使徒2:1-4、12-13)  イエスが、その主の祈りの冒頭に「アッバ」=「おとうちゃん」と祈り始めたことはよく知られています。しかし、イエスの時代のユダヤ教の指 …

2022年6月 聖書随想(42)「オヤジ、爆発?」

「こどもたちをわたしのところに来させなさい。」〈マルコによる福音書10章14節〉   先日、お休みの日に近くのショッピングモールに行きました。天気も良い日でしたので、こどもたちも屋外にある人工芝の遊具で機嫌よく遊んでいた …

2022年6月 福音のメッセージ「その言葉、ダウト」

(聖書:エゼキエル34:10-12、ヨハネ10:11-16、Ⅰペトロ5:1ー4)  先日、久しぶりに映画を観に行きました。北アイルランドのプロテスタント系住民とカトリック系住民の紛争を題材にしたものでした。  その映画の …

2022年5月 日々の想い(79)「『昼間のパパ』より大事なこと」

 洗足木曜日の夕拝が終わった後、一緒にお風呂に入っている時に、こどもがわたしに言いました。「礼拝で説教しているときだけは、おとうちゃんは男前やな」と。  31歳になるわたしの長男がまだ小学生の頃には、疲れている牧師の姿を …

2022年5月 福音のメッセージ「道を作る人」

(聖書:イザヤ50:6-8、マルコ14:35-37、フィリピ2:6-9)  ウクライナにおいてロシア軍が一般市民を虐殺していたということが、ニュースで報道されています。聞くに堪えないような残虐行為が、今の時代に、ウクライ …

2022年4月 日々の想い(78)「絵本『てぶくろ』が教えてくれること」

 わたしの好きな絵本のひとつに『てぶくろ』があります。これはウクライナ民話に基づくものです。  あの悲しい戦争が始まってから、あらためてうちのこどもたちと一緒に読んでみました。  ある日、森を歩いていたおじいさんがてぶく …

2022年4月 福音のメッセージ「失望、絶望のち希望」

(聖書:イザヤ48:6b-8、マルコ8:29-33、Ⅱテモテ1:8)  ロシアがウクライナに対する侵略戦争をはじめたことと共に、決して許されないと思っていることがあります。それが、プーチン大統領が口にしている「正教圏」と …

2022年3月 日々の想い(77)「サンタさん、あなたは一度死んでいる」

 季節外れの話題で恐縮なのですが、毎年幼稚園の2学期の終園日礼拝には、サンタさんのお話をすることにしています。  と言いますのは、せっかくこどもたちが幼稚園でクリスマス礼拝を守って、「クリスマスはイエス様のお誕生日だ」と …

2022年3月 福音のメッセージ「神様なんかこわくない」

(聖書:箴言2:1-5、マルコ4:3-9、Ⅰコリント2:6,8)  知恵や知識は人を傲慢にする、聖書はそのことを繰り返し語っています。  パウロが建てたコリント教会でも、自分たちの持つ「神の知恵」を誇る人々が現れました。 …

2022年2月 神様のことを知りたいあなたへ(9)「イエスの十字架、その意味⑤」

 イザヤ書五三章を中心とする旧約聖書の言葉によって、弟子たちは師であるイエスの死が、「わたしたち」の罪を償うための贖罪死であったのだ、と解釈しました。そしてそれだけに留まらず、旧約聖書そのものがイエスの十字架の死と復活を …

2022年2月 福音のメッセージ 「トイ、トイ、トイ!」

(聖書:出エジプト14:15-18、マルコ1:9-11、Ⅰヨハネ5:6)  神学者のポール・ティリッヒは、信仰を「問いと答え」と考えました。確かにその通りであって、わたしたちにとって信仰の歩みとは問いの連続、まさに「問い …

2022年1月 神様のことを知りたいあなたへ(8)「イエスの十字架、その意味④」

 十字架で死んだイエスを見捨てた弟子たち、そんな彼らを再び力づけたのは、イエスの復活の出来事でした。  復活のイエスとの出会いによる罪の赦しと復活の命のリアリティが、弟子たちにもう一度立ち上がる力を与えたのです。  その …

2021年12月 神様のことを知りたいあなたへ(7)「イエスの十字架、その意味③」

 師であるイエスを裏切り、見捨てた弟子たちは、恐れと絶望の中に置かれました。それは、自分たちも殺されるのではないかという恐れであり、また、自らの罪に対する絶望だったのです。  しかしそのような状態の弟子たちが、そのわずか …

2021年12月 福音のメッセージ「信仰のアスリート」

(聖書:出エジプト6:5-9、マルコ13:12-13、ヘブライ11:23-29)  使徒パウロは、フィリピの信徒への手紙の中で、このように語っています。「兄弟たちよ。わたしはすでに捕らえたとは思っていない。ただこの一事に …

2021年11月 神様のことを知りたいあなたへ(6)「イエスの十字架、その意味②」

 前回は、十字架について殺された、イエスというひとりの人の生き方に表れた愛について書きました。  しかし、キリスト教を作り上げたのはイエス自身ではありません。それを行ったのは、十字架で死んだイエスを「キリスト」(救い主) …

2021年11月 福音のメッセージ「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」

(聖書:ヨシュア6:1-3、マタイ21:21-22、ヘブライ11:17-19)  宮沢賢治の「雨ニモマケズ」という詩は、斎藤宗次郎というクリスチャンがモデルであった、と言われています。賢治は同郷の斎藤宗次郎と親交があり、 …

2021年10月 神様のことを知りたいあなたへ(5)「イエスの十字架、その意味①」

 「南無阿弥陀仏」を唱えることで往生するという浄土真宗の信仰と、ただ信仰によって神に義とされる(=救われる)というキリスト教の信仰の在り方が似ている、とよく言われます。  しかしとは言いながら、そこには大きな違いもあるの …

2021年10月 福音のメッセージ「赦してなんぼの人生だから」

 (聖書:創世記45:4-8,マタイ18:23-34,ヤコブ2:12-13)  終末期医療の現場であるホスピスにおいて、入院された人たちが心残りに思うことがあると言います。その中のひとつが、人との和解です。「死ぬ前に、あ …

2021年9月 日々の想い(76)「怖い!天地創造」

 お盆休みが終わった8月のある日、雨続きのため園庭で遊ぶことが出来ない幼稚園のこどもたちのために、映画の上映会をすることとなりました。そこで選ばれたのが、手塚治虫のDVD『旧約聖書物語』の中の「天地創造」です。  この『 …

2021年9月 福音のメッセージ「『正しさ』のものさし」

(聖書:エレミヤ20:7,10,マタイ10:24-25,使徒20:22-24)  聖書は「正典」(=「カノン」)とされています。「カノン」とはもともと「物差し」という意味です。つまり聖書とは、「神の正しさ」である「神の法 …

2021年8月 神様のことを知りたいあなたへ(4)「聖書について」

 聖書は、キリスト教、ユダヤ教の正典であり、イスラムでも教典とされています。  「正典」は、ギリシア語で「カノン」と言います。そして「カノン」とは、本来「葦の棒」のことであり、古代にはこの葦の棒が物差しとして使われていた …

2021年8月 福音のメッセージ「わたしの何が分かるのか」

(聖書:創世記21:9-21、マタイ8:5-7、ローマ9:24)  キリスト教においては、教会を「箱舟」に例えることを古くから行って来ました。つまり、教会こそが「救いの箱舟」であり、その箱舟に入った者が救われるのだ、そし …

2021年7月 神様のことを知りたいあなたへ(3)「救いについて」

 キリスト教伝道の鉄則は、「神」「罪」「救い」の順番に語ることだという古い友達の言葉に従って、「神」、「罪」と書いて来ましたので、今回は「救い」について書いてみます。  とは言いながら、キリスト教における「救い」を一言で …

2021年7月 福音のメッセージ「あべこべの福音」

 (聖書:エゼキエル18:30、マタイ3:1-2、5-6、使徒17:30-31)  旧約聖書においては、長らくその信仰は民族単位のものでした。それは「個人の救い」というよりは、「民族の救い」を信じるものであり、そのためそ …

2021年6月 聖書随想(42)「頼りなく、望みなく、心細いときに②」

「頼りなく、望みなく、心細い人は幸せだ。神さまの懐にシッカリと抱かれるのはその人たちだ。」 (マタイによる福音書五章三節、山浦玄嗣訳より)    アトラス山脈を越えた山間にある町ワルサザットのホテルで、パスポート紛失に気 …

2021年6月 福音のメッセージ「喜びと悲しみの旅立ち」

聖書:ヨエル2:1-2、マタイ12:18-21、使徒2:1-4  ペンテコスの日に、イエスの弟子たちに聖霊が降りました。そしてその時に彼らは、「いろいろな国の言葉」で語りだした、と書かれています。では、彼らが語ったその「 …

2021年5月 聖書随想(41)「頼りなく、望みなく、心細いときに①」

「頼りなく、望みなく、心細い人は幸せだ。神さまの懐にシッカリと抱かれるのはその人たちだ。」(マタイによる福音書五章三節、山浦玄嗣訳より)  今から三六年前の一九八五年、わたしは学生としてロンドンに住んでいました。そしてそ …

2021年5月 福音のメッセージ「すがりつかない愛がある」

聖書:イザヤ12:2、ヨハネ20:15-17、ヨハネ黙示録1:17-18  マグダラのマリアがどんな人であったのかについて、新約聖書はほとんど記してはいません。ルカ福音書では、イエスによって七つの悪霊を追い出してもらった …

2021年4月 神様のことを知りたいあなたへ(2)「罪について」

 昔むかしのこと、クリスチャンの友達がわたしにこう言いました。「キリスト教のことを人に伝えるには、『神』、『罪』、『救い』の順番に話すのが鉄則だ」と。  勿論、今わたしはそのことに必ずしも同意はいたしませんが、ただこのと …

2021年4月 福音のメッセージ「行く先を知らずして」

(聖書:ヨブ1・9ー11、マタイ16:21-24、Ⅰペトロ4:19)  今週の説教題「行く先を知らずして」は、ヘブライ人への手紙の一一章に出て来る言葉です。アブラハムは、神様から召し出され、祝福の約束をいただくと、行く先 …

2021年3月 神様のことを知りたいあなたへ(1)「聖書の神様って?」

 「神」というようなものについて、神学的、或いは哲学的に語るなどということは、わたしの手には余ることです。でも、聖書の神様ということならば、少しは経験を通して書くことが出来るかもしれません。  わたしたちは「神」と言いま …

2021年3月 福音のメッセージ「へこんでしまった時にこそ」

 (聖書:イザヤ30:20b-21、マタイ5:17、20、1テモテ4:7b-8)  今日の列王記に出て来るナアマンは、イスラエルに対する戦勝国の将軍として、重い皮膚病を癒してもらいに敗戦国イスラエルへとやって来ます。   …

2021年2月 日々の想い(75)「信じることについて」

 「信じる」とは、一体どういうことでしょうか。  わたしは長い間、信じることにはなんらかの実感が伴うものだ、と思い込んでいました。  実感とはつまり、神様を、或いはイエス・キリストを信じるようになったならば、何か霊的な経 …

2021年2月 福音のメッセージ「御言葉アライブ」

(聖書:イザヤ30:20b-21、マタイ5:17、20、1テモテ4:7b-8)  旧約学者の関根正雄さんによれば、律法の中心である十戒は本来、神様の恵みに生かされている者の在り方について語っている言葉でした。だから例えば …

2021年1月 日々の想い(74)「ゆっくりと、ゆったりと」

 一昨年の暮れ辺りからだったでしょうか、早朝に起きて武庫川を5キロほど散歩することを日課として始めました。理由は、シンプルに運動不足解消です。職場と自宅が同じなので、どうしても動くことが少なくなってしまうからです。  そ …

2021年1月 福音のメッセージ「超・歴史秘話ヒストリア」

(聖書:イザヤ13:14、マタイ1:20-23、ヨハネ黙示録12:5)  「歴史とは、わたしたちが生きている時間、空間の中で起こった出来事を指して言うのだ」、昔そのように神学部の教授が教えてくださいました。  そのことか …

2020年12月6日 日々の想い(73)「『鬼滅』の明星、輝く時」

先月に引き続き、ある日の給食の時間のこと、一人の先生がこどもさんを連れて『鬼滅の刃』の映画を観に行ったという話をされたことがきっかけで、しばらくその話題となりました。 「佐藤先生は?」との問いかけに、「わたしもこどもと観 …

2020年12月 福音のメッセージ「二人称の神様」

(聖書:申命記18:5、マタイ5:43-45、使徒言行録3:17-21、26) 唐突ですが、なぜノアは箱舟を作ったのでしょうか。それはノアが、直接神様から「あなたは~をしなさい」と語りかけられたからです。 そのように、わ …

2020年11月 日々の想い(72)「汝の『敵』(?)を愛せよ」

  つい先日の給食の時間のことです。ある保育者の方が、「先生、お料理されるんですね」と声をかけてこられました。「はい、そうなんですよ」とわたしが答えたことから、しばらくの間、職員室での話題が、若い夫婦における食 …

2020年11月 福音のメッセージ「何を目指して世界は進む?」

(聖書:箴言3:19-20、ヨハネ福音書10:31-34、ローマ11:33-36) わたしたちの世界が一体どこを目指して進んでいるのか、このことについては、自然科学では既に答えは出ています。それはすべてのものの終焉です。 …

2020年10月 日々の想い(71)「心で信じる?頭で信じる?」

今からもう二〇年くらい前になるでしょうか。初めて礼拝に出席したある方が、「頭で信じた信仰だ」、そう言い残して帰って行きました。それは、わたしの説教の対する感想だったのです。 「恐らくあの人は、どちらかと言えば信仰的な体験 …

2020年10月 福音のメッセージ「この道はいつか来た道」

(聖書:出エジプト13:21-22、ヨハネ8:12-14、エフェソ5:13-14) 聖書では、「神は光である」と言われます。しかしでは、「神様は光である」とは一体どういうことなのでしょうか。聖書はこの「光」をどのような働 …

2020年9月 日々の想い(70)「心を耕す」

今年の夏はコロナウィルスのために、幼稚園の先生方が外に出て学ぶための夏期研修も、そのほとんどが中止となりました。 そこで園内研修として、わたしの方から先生方に出させていただいたキリスト教保育に関わる研修課題のテーマが「心 …

2020年9月 福音のメッセージ「『かけるマイナス』を生きる」

(ヨブ28:12-28、ヨハネによる福音書7:40-52、コリントの信徒への手紙一、11:23-39) 聖書では、人間の知恵には限界があるとされています。だからヨブ記は、「主を畏れ敬うこと、それが知恵」と書くのです。 で …

2020年8月 日々の想い(69)「香港キリスト者・自由と人権を守るための闘い」

この6月30日、中国の全人代において「香港国家安全維持法」が成立しました。 この法案の成立、更にはそれに伴う「緊急時の捜査令状なしの家宅捜査」、「ネット情報の削除命令」、「行政長官の許可を得ての通信傍受」、「捜査対象者の …

2020年8月福音のメッセージ「ジャミラの悲しみ」

聖書:ミカ7:18-19、ヨハネ福音書5:24-26、使徒言行録24:13-15 「ウルトラマン」の中でも、「故郷は地球」というお話は、社会性を持っていることで有名です。 大国間の宇宙開発競争により打ち上げられた有人ロケ …

2020年7月 聖書随想(40)「人生の見通し」

「心の貧しい人は幸いである。天の国はその人たちのものである。」 <マタイによる福音書五章三節> 毎朝武庫川を散歩しながら、駆け抜けて行く陸上部の生徒たちを気持ちよく眺めています。 キャプテンを先頭に、恐らくは …

2020年6月 福音のメッセージ「突然、偶然、それとも必然?」

(イザヤ40:12-17、ヨハネ福音書14:8-17、Ⅰテモテ6:1-16) なぜこの宇宙やこの世界は出来たのか、それは突然なのか、偶然なのか、或いはそこには何かの必然性があったのか。そのようなことは、古代の時代から考え …

2020年6月 聖書随想(39)「信じられない者だからこそ‥」

「神を呪って死んでしまいなさい」     <ヨブ記2章9節> これは義人ヨブの妻がヨブに向かって吐き出した「呪い」の言葉です。この言葉の後、その妻はヨブのもとを去って行きます。 ヨブは、神を信じ、神を畏れて生 …

2020年6月 福音のメッセージ「いのちの充電忘れずに」

聖書:エゼキエル37:1-14、ヨハネ福音書14:15-27、使徒言行録2:1-11 旧約聖書の中に、「ネフェシュ」という言葉が出て来ます。この言葉は本来「喉」を意味する言葉であり、しかもそれは「渇いている喉」を表してい …

2020年5月 聖書随想(38)「のぞみはなくても、ひかりはある」

「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。」      <創世記1章1-3節> コロナ禍の中、甲子園教会 …

2020年5月 福音のメッセージ「敵を知り、己を知れば…」

聖書:出エジプト15:1-11、ヨハネ20:19-31、ペトロの手紙一、1:3-9 今日の出エジプト記の箇所には「敵」という言葉が出て来ます。しかし、聖書を読んだ後の時代の人びとは、それを象徴的に読みました。では人々は、 …

2020年4月 日々の想い(68)「体をもって信じる」

新型コロナウィルスが猛威を振るっています。罹患された方々の一日も早い回復を祈ると共に、亡くなられた方々の天における平安と、その近親の皆様への主の慰めをお祈りいたします。 全国の教会の礼拝、集会にも様々な制限が加えられてい …

2020年4月 福音のメッセージ「キリンが来るん?」

聖書:サムエル上9:27-10:1,6-7、ヨハネ12:1-8、第二コリント1:15-22 NHKの大河ドラマで初めて知ったのですが、「麒麟」というのは、平和が訪れる時に現れる霊獣であり、だから、言い換えれば、麒麟は平和 …

2020年3月 聖書随想(37)「神様ってどんな方?」

「主よ、あなたはわたしを究め、わたしを知っておられる。…どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう。どこに逃れれば、御顔を避けることができよう。」<詩編139篇一、7節> 「孫悟空」と言えば「ドラゴンボ …

2020年3月 福音のメッセージ「天国のタッチダウン」

(ヨブ23:1-10、ヨハネ5:1-18、ヤコブ1:2-5) 「アメリカンフットボールの「攻撃」(オフェンス)は、すべてタッチダウン(ゴール)を目指して作られている」、学生の時にコーチからそのように聞かされたことを覚えて …

2020年2月 日々の想い(67)「『祈ること』について」

早いもので、今年も早やひと月が終わりました。そろそろ新年の抱負も忘れそうな頃ですので、気を引き締めてもう一度、わたし個人の抱負「祈ること」について考えてみたいと思います。 新年に初詣に行かれた方は多いことでしょう。参拝者 …

2020年2月 福音のメッセージ「神よ、あなたにわたしの気持ちが分かりますか」

(イザヤ40:25~31、1ヨハネ1:14~18、コロサイ1:9~20) 聖書の神様は、「父なる神」と言われます。つまり、神様は人間にとって保護者のような方であって、人が過ちを犯した時にはひどく怒るけれども、同時にこれを …

2020年1月 聖書随想(36)「新年の抱負~初心忘るべからず~」

「イエスはその人に『鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない』と言われた。」(ルカ福音書九章六二節) 昨年の暮れ、学生時代からの同窓と忘年会をいたしました。 還暦を目前にしてこれから新しい仕事を始めよう …

2020年1月 福音のメッセージ「ともしび」

(ラーゲルレーブ著『キリスト伝説集』「ともしび」より 作画:佐藤成美) むかしむかしフィレンツェに、ラニエロというそれはそれは乱暴な男が住んでおりました。ラニエロは嘘つきで喧嘩好き。そして何より、いつも自分の力を人々に自 …

2019年12月 日々の想い(66)「皆様のうえにクリスマスの祝福を」

皆さんは「ギデオン協会」という名前をお聞きになったことがおありでしょうか。 たとえばホテルの部屋の小机の引き出しを開けてみると、小さな聖書が入っている場合があります。その聖書を、自分達が出し合うお金によって印刷し無料で配 …

2019年12月 福音のメッセージ「神様のようで神様でない」

(出エジプト2:1-10、ヨハネ6:27-35、ヘブライ3:1-6) 旧約聖書の歴史の中で、奴隷であったイスラエルの民をエジプトから脱出させたモーセは、「偉大な人」とされています。 しかし新約聖書において、そのモーセを凌 …

2019年11月 日々の想い(65)「寅さんと福音」

フーテンの寅さんこと、車寅次郎の生い立ちを描いたドラマを観ました。ドラマを観て泣いたのは久しぶりです。 浅草の団子屋の息子車平造と芸者お菊との間に生まれた寅次郎は、生後すぐに母親によってその団子屋の前に捨てられます。平造 …

2019年11月 福音のメッセージ「天地『有』用・神の国」

(聖書 アモス6:1-7、ルカ16:19-31、ヤコブ2:1-9) 「天地無用」とは、配達物などに記されている「上下を逆さまにしてはいけない」という意味の言葉です。しかし、「神の国」においては「天地無用」と反対の、天地が …

2019年10月 日々の想い(64)「現場に生きるイエスと共に」

この九月一日、以前牧会をしていた高槻教会の創立五五周年記念礼拝に、説教者として招かれました。 高槻教会で礼拝説教の奉仕をさせていただくのは、二〇一一年三月以来のこととなります。懐かしい礼拝堂ではありましたが、九年ぶりとい …

2019年10月 福音のメッセージ「なぜだろう、なぜかしら」

(聖書箇所:出エジプト23:10-13、ルカ14:1-6、ローマ14:1-9) 皆さんは、信仰において「なぜと問うこと」と「ただ黙って信じること」の内のどちらが大事だと思われますか。 人々が何の疑いも抱かずに固く固く守っ …

2019年9月 日々の想い(63)「来て、自ら判断せよ」

かつてわたしが学んだミッション系の大学の美学科の教授は、ある時学生に向かってこのような話をされました。 「この大学でも一時芸術学部を作ろうという話が出た。しかし、それが実現しなかったのは、この大学がキリスト教系の大学だっ …

2019年9月 福音のメッセージ「神は愚かさに宿る」

(聖書箇所:ヨシュア21:1~14、ルカ8:1~3、フィリピ4:1~3) 今日のフィリピの信徒への手紙には、エボディアとシンティケという二人の女性リーダーの活躍が描かれています。 ところがこの二人の女性リーダーが、教会の …

2019年8月 日々の想い(62)「人間・その真実」

「英雄」と聞いて、皆さんは何を想像されるでしょうか。 わたしは、中学生の頃に読んだ「三国志」や「水滸伝」に出て来る英雄たちをすぐに思い浮かべます。槍や剣の一振りで並み居る敵を何十人、何百人と打ち倒すその姿。荒唐無稽ではあ …

2019年8月 福音のメッセージ「誰よりも君を愛す」

(聖書箇所:エゼキエル34:1~6、ルカ15:1~10、使徒8:26~38) かつて旧約聖書においては、罪への裁きと赦しは、「群れ」(共同体)に対して与えられるものでした。しかし、時代が降って来るに従って、それが個人の罪 …

2019年7月 聖書随想(35)「わたしの主、わたしの神よ」

「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。」 <マルコ一章四一節> 牧師は職業上、あまり自分自身のことを語ることが出 …

2019年7月 福音のメッセージ「たとえ器は小さくても」

(聖書箇所:エゼキエル43:1-7a、マタイ28:16-20、使徒1:12-26) 預言者エゼキエルはその預言の中で、幻で見た聖なる神殿の聖所(神の宿る部屋)の作り方について語っています 例えば、その部屋に近づく祭司は神 …

2019年6月 日々の想い(61)「走れ、かもしか群団」

「タッ、タッ、タッ,タッ、タッ」今日もまた後ろから聞こえて来る足音。それは、わたしを追い抜いて走って行く「群れ」、名付けて「かもしか群団」の足音です。 毎朝、武庫川を散歩していると、わたしはこの「群れ」に出会います。確か …

2019年6月 福音のメッセージ「信仰の勘違い」

(聖書箇所:ダニエル6:10~24、ルカ7:1~10、2テサロニケ3:1~5) 今日のダニエル書のお話はとても有名なお話です。王の勅令に背いて王様以外の神を拝んだダニエルは、獅子の穴に放り込まれてしまいます。しかし、その …

2019年5月 日々の想い(60)「ノートルダム大聖堂・尖塔に想う」

「パリに行くことがあるなら、必ず双眼鏡を持て行きなさい。そして、ノートルダムの尖塔を上から下までじっくり眺めると良い。」 わたしが大学の文学部美学科を卒業する時に、謝恩会の席上で、ひとりの教授がそのように話してくれたこと …

2019年5月 福音のメッセージ「おまえの罪を数えろ!」

なぜイエスは殺されたのでしょうか。 ゲッセマネの園で逮捕され、当時のユダヤ社会の最高機関であるサンヘドリン(最高法院)で裁判にかけられたイエスは、自称「神の子」「メシア(救い主)」と断定され、神を冒涜した罪で、死刑の権限 …

2019年4月 聖書随想(34)「聖さの伝染」

「モーセは、山から下ったとき、自分が神と語っている間に、自分の顔の肌が光を放っているのを知らなかった。」<出エジプト記三四章二九節> イスラエル民族、そしてその末裔である古代のユダヤ人にとって、「穢れ」とは伝 …

2019年4月 福音のメッセージ「『正しさ』の過ち」

(聖書箇所:創世記六:一一-二二、ルカ一一:一四-二六、1ヨハネ四:一-六) 「世俗化」と「世俗主義」はどう違うのか、そんなことをかつてわたしは神学部で学びました。 「世俗化」とは、本来信仰的であるべき事柄がこの世の俗な …

2019年3月 日々の想い(59)「若かったあの頃、何も怖くなかった」

誰でもそうかもしれませんが、若かりし頃、わたしもまた「恐れ」を知らない人間でした。 エピソードは多々ありますが、ひとつだけご紹介いたします。 今から28年前、わたしは仕事を辞め献身しました。そして関学神学部を卒業して、あ …

2019年3月 福音のメッセージ「生まれ変わりを信じますか」

(聖書箇所:エレミヤ一三・一-一一、ルカ五・三三-三九、第1コリント二・一-五) 「生まれ変わり」という言葉から、皆さんは何を想像されますか。 実は聖書の中にも「生まれ変わり」という言葉は出て来ます。ヨハネ福音書の中でイ …

2019年2月 聖書随想(33)「これはわたしの体である」

「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。『取りなさい。これはわたしの体である。』」    〈マルコ福音書一四章二二節〉 キリスト教が誕生した古代ローマ帝国の時代、キリスト教徒は周囲 …

2019年2月 福音のメッセージ「ただあなたの優しさが怖かった」

(聖書箇所:ハガイ二・一‐九、ルカ二一・1‐九、第2コリント六・一四-七・一) 今回説教題として掲げた「ただあなたの優しさが怖かった」は、かぐや姫というフォークグループの曲「神田川」の一節です。 「若かったあの頃、何も怖 …

2019年1月 日々の想い(58)「知らず知らずのうちに」

きっかけは、どんぐり組の二歳児がこひつじ礼拝(一歳児を除く全園児礼拝)に参与するようになったことだったと思います。 それ以来、聖書のお話を出来るだけ分かりやすくしようと思って、幼稚園やこどもの礼拝で視覚教材を多用するよう …

2019年1月 福音のメッセージ「救い主はいずこ?」

福音のメッセージ「救い主はいずこ?」  

2018年12月 日々の想い(57)「おとめマリアより生まれ」

古くからのキリスト教の信仰告白に、イエス・キリストは「処女(おとめ)マリアより生まれ」た、という一節があります。これは「処女降誕」と呼ばれる教義ですが、なぜこのような、ある意味信じがたい教義が教会で大切にされて来たのでし …

2018年12月 福音のメッセージ「神様あるある」

聖書箇所:出エジプト3:1~15、ルカ20:27=40、ヘブライ8:1~13 「われ思う、ゆえにわれ在り」、これは「近代哲学の父」と言われるルネ・デカルトによる有名な哲学の命題です。 この命題の背後には、ヨハネ福音書の「 …

2018年11月 日々の想い(56)「『山歩き』のおすすめ」

秋も深まり、いよいよ紅葉の季節となりました。 この季節になるといつも思い出すのが、以前住んでいた高槻の山々の風景です。 羽柴秀吉と石田光成による天下分け目の戦いで有名な天王山や、その天王山に駆けつけるために秀吉軍が備中高 …

2018年11月 福音のメッセージ「いいゆだね」

聖書箇所:出エジプト2:11~22、マルコ14:66~72、ヘブライ11:23~2814 教会の歴史を見てゆく時に、ある人物が美化され権威化されて行く、ということがよくあることに気づきます。 今日のヘブライ人への手紙の箇 …

2018年10月 聖書随想(31)「世界を『知る』ということ」

「神は言われた、『光あれ。』こうして、光があった。」〈創世記一章三節〉 「愛とは、それ自体が知である。人は、愛すれば愛するほど、よりよく知る。」聖グレゴリウスはそのように語ったそうです。 なぜ「愛すること」が「知ること」 …

2018年10月 福音のメッセージ「神は拳をどう降ろす?」

聖書箇所:出エジプト32:7~14、マルコ14:43~52、ヘブライ6:4~12 ルネサンスの時代の人々の間には、死の間際に洗礼を受ける人が結構いたそうです。 それは一体なぜかと言いますと、それは当時の人々が洗礼後に犯し …

2018年9月 日々の想い(55)「熊の爪のお守り」

この二年続けて、夏休みに北海道旅行に行って来ました。きっかけは妻の「北海道に行きたい」の一言だったように思います。 しかし、北海道のガイドブックを見るうちに、ある大切なことを思い出したのです。それは、わたしの曽祖父が北海 …

2018年9月 福音のメッセージ「愛の貯金通帳」牧師 佐藤成美

(聖書箇所:ホセア11:1~9、マルコ12:28~34、第一コリント12:27~13:13) キャッシュレス社会の到来、ということをよく耳にします。わたしなどはアナログ人間なので、そうなってくるとお金というのが一体どこに …

2018年8月 日々の想い(54)「戦争、平和、いのち、信仰」

かつて戦艦大和に若き士官として乗り込み、その撃沈からの生存者として『戦艦大和ノ最後』を著した吉田満さんは、後に日本基督教団西片町教会の教会員となり、「教団戦争責任告白」の草稿を書いた当時の教団議長鈴木正久牧師を支えたので …

2018年8月 福音のメッセージ「あんなこといいな、できたらいいな」牧師 佐藤成美

聖書箇所:サムエル上17:38~50、マルコ9:14~29、第二コリント6:1~10 今日のマルコ福音書のお話でイエスはこう言われます、「信じる者には何でもできる」と。 ではこの「信じる者には何でもできる」とは、どういう …

甲子園福音

2018年7月 日々の想い(53)「聖書を掘る」

あの十六世紀のルネサンス黄金期、ローマにその最後の居を構えたミケランジェロが賞賛し、日々鑑賞したと伝えられているのが、トラヤヌス帝の円柱です。 この円柱には、紀元2世紀のダキア戦役の様子が見事な浮彫によって描かれていたの …

2018年7月 福音のメッセージ「今日、耳日曜」

昔はやった「今日、耳日曜」という言葉、これは教会的に考えると、なかなか辛い言葉です。 と申しますのも、教会で礼拝を守った後に信徒の方から、「今日、耳日曜でした」と言われたら、説教を語った牧師はがっくり来るからです。 しか …

2018年6月 日々の想い(52)「不安の世に生きて」

甲子園福音 2018年6月3日発行 133号 その1   日々の想い(52)「不安の世に生きて」 先日、ある牧師に誘われてクラリネットのソロ演奏会に行って来ました。 クラリネットということで、わたしの頭の中では …

2018年6月 福音のメッセージ「ほら、あおむしがきれいなちょうに」牧師 佐藤成美

甲子園福音 2018年6月3日発行 133号 その2   福音のメッセージ「ほら、あおむしがきれいなちょうに」牧師 佐藤成美 (5月6日 甲子園教会礼拝説教より) 『死ぬ瞬間』を著したスイスの精神科医エリザベス …

2018年5月 日々の想い(51)「バイバイ、おじちゃん」

甲子園福音 2018年5月6日 132号 その1   日々の想い(51)「バイバイ、おじちゃん」   四月もあっという間に終わり、早くもゴールデンウィークとなりました。 この時期のわたしの苦労(?)、 …

2018年5月 福音のメッセージ「スタンド・バイ・ミー」(4月8日小野教会礼拝説教より)

甲子園福音 2018年5月6日 132号 その2   福音のメッセージ「スタンド・バイ・ミー」(4月8日小野教会礼拝説教より)   わたしの大好きな映画『スターウォーズ』には、様々なテーマが描かれます …

2018年4月 聖書随想(30)「知識は罪ですか?」

甲子園福音 2018年4月1日発行 131号 その1   聖書随想(三〇)「知識は罪ですか?」 「主なる神は言われた。『園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。 …

2018年4月 福音のメッセージ「闇を抱いて」

甲子園福音 2018年4月1日発行 131号 その2   「闇を抱いて」(3月25日礼拝説教より) 昨年、遠藤周作さんが描いた『沈黙』が映画化されて、話題になりました。そのお話には、江戸時代、キリシタン禁制の中 …

2018年3月 日々の想い(50)「霊性の養いについて」

甲子園福音 2018年3月4日発行 130号   日々の想い(五〇)「霊性の養いについて」 ギリシア思想や仏教においては、人間の本質は魂であって、肉体ではありません。従って魂は、仮の宿である現在の体を出ると、別 …

2018年2月 聖書随想(29)「地獄考」

甲子園福音 2018年2月4日発行 129号   聖書随想(二九)「地獄考」 「死の国に行けば、だれもあなたの名を唱えず、陰府に入れば、だれもあなたに感謝をささげません。」〈詩編六篇六節〉 「体は殺しても、魂を …

2018年1月 聖書随想(28)「永遠を想う」

甲子園福音 2018年1月7日発行 128号   聖書随想(二八)「永遠を想う」   「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のな …

2017年12月 日々の想い(49)「イエス様が好きです」

甲子園福音 2017年12月3日発行 127号   日々の想い(四九)「イエス様が好きです」   以前いた教会にわたしが伝道師として赴任した、最初の日曜のことです。 その日、礼拝で説教をしてくださった …

2017年11月 日々の想い(48)「救いの確かさ(確証)について」③

甲子園福音 2017年11月5日発行 126号   日々の想い(四八)「救いの確かさ(確証)について」③   自分が救われたいがために神を信じ、それ故に救いの確証を求めることは、結局、神を自分のために …

2017年10月 日々の想い(47)「救いの確かさ(確証)について」②

甲子園福音 2017年10月1日発行 125号   日々の想い(四七)「救いの確かさ(確証)について」②   もし「神の救い」というものがあるならば、自分が神に救われていることをはっきりと知りたい、救 …

2017年9月 日々の想い(46)「救いの確かさ(確証)について」①

甲子園福音 2017年9月3日発行 124号   日々の想い(四六)「救いの確かさ(確証)について」①   仏教における「悟り」が一体どういうものなのか、詳しいことは知りませんが、しかし辞書などを調べ …

2017年8月 日々の想い(46)「あってはならない死~ひとりのこどもの死と戦争・平和を想いつつ~」

甲子園福音 2017年8月6日発行 123号   日々の想い(四五)「あってはならない死~ひとりのこどもの死と戦争・平和を想いつつ~」   七月の末、むこがわ幼稚園の元園児であったA君が天に召されまし …

2017年7月 日々の想い(44)「認定こども園・幼稚園・保育園」

甲子園福音 2017年7月2日発行 122号   日々の想い(四四)「認定こども園・幼稚園・保育園」   むこがわ幼稚園が幼稚園型認定こども園となって、はや三年目を迎えています。 この間、待機児童解消 …

2017年6月 日々の想い(43)「イエスが渡すあなたへのバトン」

甲子園福音 2017年6月4日発行 121号   日々の想い(四三)「イエスが渡すあなたへのバトン」 五月十五日から十九日の五日間、瓦木中学校の二年生八人が「トライやるウィーク」として、むこがわ幼稚園にやって来 …

2017年5月 聖書随想(27)「たとえで語る意味」

甲子園福音 2017年5月7日発行 120号   聖書随想(二七)「たとえで語る意味」   「イエスは言われた。『あなたがたには神の国の秘密が打ち明けられているが、外の人々には、すべてがたとえで示され …

2017年4月 日々の想い(42)「キリストの十字架に想う」

甲子園福音 2017年4月2日発行 119号   日々の想い(四二)「キリストの十字架に想う」    一六世紀のフランドルの画家ヒエロニムス・ボッシュは、その卓越した人間描写によって、裁判の席でイエス …

2017年2月 聖書随想(25)「ヘブライ語聖書をめぐる問い⑦~ルカの場合~」

甲子園福音 2017年2月5日発行 117号   聖書随想(二五)「ヘブライ語聖書をめぐる問い⑦~ルカの場合~」   イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は …

2017年1月 日々の想い(43)「新年にあたって~聖書をめぐる雑感~」

甲子園福音 2017年1月8日発行 116号   日々の想い(四三)「新年にあたって~聖書をめぐる雑感~」   むこがわ幼稚園の園長として、はや一年九か月が過ぎました。年の初めにあたって、この間わたし …

2016年12月 聖書随想(24)「ヘブライ語聖書をめぐる問い⑥~マルコの場合~」

甲子園福音 2016年12月4日発行 115号   聖書随想(二四)「ヘブライ語聖書をめぐる問い⑥~マルコの場合~」   「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うこと …

2016年11月 聖書随想(23)「ヘブライ語聖書をめぐる問い⑤~マタイの場合~」

甲子園福音 2016年11月6日発行 114号   聖書随想(二三)「ヘブライ語聖書をめぐる問い⑤~マタイの場合~」   「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそか …

2016年10月 聖書随想(22)「ヘブライ語聖書をめぐる問い④~パウロの場合~」

甲子園福音 2016年10月2日発行 113号   聖書随想(二二)「ヘブライ語聖書をめぐる問い④~パウロの場合~」   「では、どういうことになるのか。律法は罪であろうか。決してそうではない。しかし …

2016年9月 聖書随想(21)「ヘブライ語聖書をめぐる問い③~イエスの場合~」

甲子園福音 2016年09月04日発行 112号   聖書随想(二一)「ヘブライ語聖書をめぐる問い③~イエスの場合~」   「人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお …

2016年8月 日々の想い(42)「こどもと平和」

甲子園福音 2016年8月7日発行 111号   日々の想い(四二)「こどもと平和」   幼稚園で平和についてのお話をする時には、出来るだけ絵本を使うようにしています。ある日のお話で、谷川俊太郎さん文 …

2016年7月 聖書随想(20)「ヘブライ語聖書をめぐる問い②~教会の場合2~」

甲子園福音 2016年7月3日発行 110号   聖書随想(二〇)「ヘブライ語聖書をめぐる問い②~教会の場合2~」   「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、 …

2016年6月 聖書随想(20)「ヘブライ語聖書をめぐる問い①~教会の場合~」

甲子園福音 2016年6月5日発行 109号   聖書随想(二〇)「ヘブライ語聖書をめぐる問い①~教会の場合~」   「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書 …

2016年4月 日々の想い(41)「教会と幼稚園⑩~こどもと神の国~」

甲子園福音 2016年4月3日発行 107号   日々の想い(四一)「教会と幼稚園⑩~こどもと神の国~」   いよいよ四月となり、教会も幼稚園も新しい年度の歩みが始まりました。 わたしの園長としての歩 …

2016年3月 日々の想い(40)「教会と幼稚園⑨~命の源泉としての礼拝~」

甲子園福音 2016年3月6日発行 106号   日々の想い(四〇)「教会と幼稚園⑨~命の源泉としての礼拝~」   ある日のこどもの礼拝での出来事です。この頃、よくこどもの礼拝に来るようになった幼稚園 …

2016年2月 日々の想い(39)「教会と幼稚園⑧~キリスト教保育の心~」

甲子園福音 年月日発行 号   日々の想い(三九)「教会と幼稚園⑧~キリスト教保育の心~」   「礼拝堂に入ったら静粛に礼拝開始をお待ちください。」 「このような文言を、以前わたしがいた教会の週報に記 …

2016年1月 日々の想い(38)「教会と幼稚園⑦~認定こども園とは?~」

甲子園福音 年月日発行 号   日々の想い(三八)「教会と幼稚園⑦~認定こども園とは?~」   二〇一五年四月から武庫川幼稚園は認定こども園となり、園名も「むこがわ幼稚園」とひらがな表記となりました。 …

2015年12月 日々の想い(37)「教会と幼稚園⑥~どこで何を育てるのか~」

甲子園福音 2015年12月6日発行 103号   日々の想い(三七)「教会と幼稚園⑥~どこで何を育てるのか~」   先日、全日本私立幼稚園幼児教育研究機構による第一回目の園長・リーダー研修会が東京で …

2015年11月 日々の想い(36)「教会と幼稚園⑤~神の宣教・幼稚園・教会~」

甲子園福音 年月日発行 号   日々の想い(三六)「教会と幼稚園⑤~神の宣教・幼稚園・教会~」   かつて教会関係のある協議会に出席した時に、ひとりの牧師がこんな話をされました。その方は、これから任地 …

2015年10月 日々の想い(35)「教会と幼稚園④~キリスト教保育の精神~」

甲子園福音 2015年10月4日発行 101号   日々の想い(三五)「教会と幼稚園④~キリスト教保育の精神~」   世に「キリスト教~」と付く言葉はたくさんあります。神学部の授業科目を見ても、キリス …

2015年9月 日々の想い(34)「教会と幼稚園③~ありのままのこどもを~」

甲子園福音 2015年9月6日発行 100号   日々の想い(三四)「教会と幼稚園③~ありのままのこどもを~」   先日幼稚園で、夏の間に先生たちが参加した研修会の発表がありました。その発表の中のひと …

2015年8月 日々の想い(33)「教会と幼稚園②~こどもたちと戦争~」

甲子園福音 2015年8月2日発行 99号   日々の想い(三三)「教会と幼稚園②~こどもたちと戦争~」   どうしてもその絵を観てみたい、と思っている画家の作品があります。それはドイツ人のケーテ・コ …

2015年7月 日々の想い(32)「教会と幼稚園①~愛を伝えるとは~」

甲子園福音 2015年7月5日発行 98号   日々の想い(三二)「教会と幼稚園①~愛を伝えるとは~」   今月よりしばらく教会と幼稚園のこと、特に教会に幼稚園が併設されていることの意味について、わた …

2015年6月 日々の想い(31)「復活を信じる」

甲子園福音 2015年6月7日発行 97号   日々の想い(三一)「復活を信じる」   「復活を信じる」とはどういうことでしょうか。何年も教会に来ておられる方であっても、「復活ってなんですか」と人から …

2015年5月 日々の想い(30)「わたしの歩んだ道 信仰・神学・そして教会⑪」

甲子園福音 2015年5月3日発行 97号   日々の想い(三〇)「わたしの歩んだ道 信仰・神学・そして教会⑪」   讃美歌21の334番「よみがえりの日に」の6番に、このような歌詞があります。「心を …

2015年4月 日々の想い(29)「わたしの歩んだ道 信仰・神学・そして教会⑩」

甲子園福音 2015年4月5日発行 96号   日々の想い(二九)「わたしの歩んだ道 信仰・神学・そして教会⑩」   この一〇か月に亘って、「わたしの歩んだ道」を記してきました。なぜ長々とこのようなこ …