2021年12月 神様のことを知りたいあなたへ(7)「イエスの十字架、その意味③」

 師であるイエスを裏切り、見捨てた弟子たちは、恐れと絶望の中に置かれました。それは、自分たちも殺されるのではないかという恐れであり、また、自らの罪に対する絶望だったのです。

 しかしそのような状態の弟子たちが、そのわずか五〇日後には恐れずに外に出て、イエス・キリストを宣べ伝える者へと変えられたのです。

 その弟子たちの変化を生み出したもの、それがイエスの「復活」の出来事でした。彼らは復活のイエスと出会ったのです。

 新約聖書の中で、イエスの復活に言及した最も古い言葉は、パウロによるものです。

 パウロは、イエスの生前の弟子ではありません。パウロは、ユダヤ教のファリサイ派の一員として、キリストの教会を迫害していたのです。

 そしてダマスコにいるキリスト教徒を迫害するための途上で、復活のイエスと出会いました。その出来事をパウロ自身は、このように書いています。

 「あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。…しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき…」(ガラテヤ1:13-16)

 新約聖書の「使徒言行録」では、このパウロの体験がかなり劇的に描かれています。しかしパウロ自身の言葉によれば、パウロの復活体験は、「神が、御心のままに御子を示した」ということ以外にありません。

それが一体どのようなものだったのかは、はっきりとは分かりませんが、少なくとも復活したイエスが目の前に現れた、という超自然的現象というよりは、パウロ自身が内的にイエスの復活を体験した、ということだったようです。

そして、このパウロ自身の体験と共に、もう一つパウロが記録している、大変貴重なイエスの復活についての証言があります。

 「最も大切なこととしてわたしがあなたたちに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり、三日目に復活したこと、ケファ(ペトロ)に現れ、その後十二人に現れたことです。次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。…次いでヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」  (Ⅰコリント15:3-8)

 この言葉は、「わたしも受けたもの」と書かれてあるように、復活を経験し、キリスト教徒となったパウロが、当時の中心教会であったエルサレム教会の人々から受け取ったものです。

 ただここでも、イエスの復活とはどのようなことだったのかは、はっきりとは書かれていません。パウロ自身の復活体験と併行して書かれていることから推測するならば、他の人々の復活体験もまた、非常に内的なものだったのではないか、と思われます。

 では、イエスの復活を体験することが、なぜ弟子たちに力を与えることになったのでしょうか。

 自分たちの責任でイエスは死んだのだ、そう思っていた弟子たちに、復活のイエスは非常に個人的な形で現れました。そしてそれは、その一人ひとりの弟子たちにとって、怒りと復讐の鬼としてのイエスの姿ではなくて、彼らを赦し、今も愛し続けているイエスの姿を示したのです。

 ですから復活したイエスとの出会いは、彼らに罪の赦しをもたらしました。

 それと共にまた、復活のイエスは「死」を乗り越える命、神様の許にある復活の命のリアリティーを彼らに示したのです。これが、彼らに恐れを乗り越える力を与えました。

 このようにして、イエスの復活を体験し、力を受けた弟子たちと教会の人々は、そこで初めてイエスの十字架の死の意味を、聖書(旧約聖書)によって解釈しようとしたのです。

 そしてその解釈に基づいて教会は、イエスの復活の意味を語るための物語を、様々に形作って行きました。

 日曜の朝、イエスの墓にいった女性たちが空の墓を見、天使からイエス復活の言葉を聞いたという伝承、エマオ途上の弟子たちが復活のイエスと出会ったという伝承、恐れて部屋に閉じこもる弟子たちの前に復活のイエスが現れたという伝承等々です。

 では弟子たちと教会は、聖書の言葉に基づいて、どのようにイエスの十字架の死を意味づけたのでしょうか。(続く)

(甲子園教会牧師・むこがわ幼稚園園長 佐藤成美)